今回の主人公は、介助器具の開発を進める足立眞由美さん。足立さんは、福知山市からの委託を受け福知山公立大学が実施する起業家支援事業「F-StartUp」に2025年度採択者として参加し、約半年にわたり事業を進めてきた。本事業は、「NEXT産業創造プログラム」の修了者(見込者を含む)を対象としたプログラムである。本記事では、プログラム参加のきっかけや事業への想いについて話を伺った。
NEXT産業創造プログラムに参加したきっかけ
足立さんがNEXT産業創造プログラムに参加することになったきっかけは、福知山市で開催されていた創業セミナーだった。
2024年秋ごろ、福知山商工会議所と福知山市が主催する創業セミナーに参加した際、ある市職員と出会ったという。そこで福知山公立大学が実施している起業家育成事業「NEXT産業創造プログラム」を紹介されたことがプログラムを知るきっかけとなった。 当時すでに足立さんは、自身が考案した介助用具の特許を取得しており、次の段階として製品化を進めたいと考えていた。そのため、事業化を進めるための学びの場として同プログラムへの参加を決めたという。

介護経験から生まれた介助用具
足立さんが開発に取り組んでいるのは、私たちの身近な存在である“ヒトやペット、モノ”の移動を安全かつ効率的に行うための移動支援ツールである。
この発明の背景には、足立さん自身の介護経験があった。
足立さんは16年間、母親の在宅介護を続け、そのうち6年間は寝たきりの状態だった。月に一度の通院の際には、家のベッドから車の座席まで母親を抱きかかえて移動させていたという。
しかしある日、病院から帰宅した際、車からベッドへ移動させる途中で、抱きかかえたまま母親をずり落としそうになる出来事があった。必死に耐えて落とさずに済んだものの、「もう素手での移動介助は危険だ」と限界を強く感じたという。 その時、肩から下げてハンモックのように身体を支えれば対応できるのではないかとひらめき、自作したのがこの介助用具の原型(初代モデル)だった。

介助用具が生んだ介護生活の変化
自作した介助用具は、その後6年間にわたり実際の在宅介護で使われた。その結果、介護生活に変化が生まれたという。母親は以前より笑顔が増え、よく話をするようになった。外出は長時間できなかったものの、車の中でアイスクリームを食べたり飲み物を飲んだりする、ほんの短い時間の外出ができるようになった。
足立さんは、「そうした時間の積み重ねが大切な思い出として残っている」と振り返る。
また、この介助用具があることで急な体調変化などの緊急時にも対応できるという安心感が生まれたという。介護生活は常に緊張状態が続くものだったが、「いつでも対応できる」という自信が、精神的な支えになった。

看護師の一言が事業化のきっかけに
この介助用具を商品化するきっかけとなったのは、母親が入院した際に出会った看護師の言葉だった。
その看護師は「介護者が実際の困りごとから作り上げたものだからこそ、世の中に出すべきだ」と足立さんに伝えたという。
足立さんはその言葉をきっかけに、自身の身近な課題の解決が、実は多くの人に共通する社会課題であることに気づいた。歩行が困難な人や移動に困難を抱える人は全国に多く存在しており、この介助用具がそうした人たちの生活のしづらさを軽減できる可能性があると考えるようになった。
支える人と支えられる人、双方の負担を軽減することで、それぞれの思いを実現できる社会の構築につながるのではないか。その思いから事業化を目指すようになったという。

ボディメカニクスを応用した設計
この介助用具の設計には、介護技術の一つである「ボディメカニクス」の考え方が活かされている。
ボディメカニクスとは、双方の体に負担をかけない安全な移動介助を行うための身体の使い方の技術である。足立さんは長年の介護経験の中で、母親が楽に移動できることと、自身の身体を痛めないために、動作の順序や身体の使い方を意識して介助を行ってきた。
その経験をもとに、介助時の動作を一つ一つ分解し、どのような体勢でも安定して動作できるように設計したという。
また、日本の住宅は段差や狭さ、高低差が多く、ベッドから車までの短い距離の中でも、様々な体勢の連続した動作が必要になる。こうした環境でも安全に移動できるよう、介護者の動作が安定することを重視した設計になっている。
足立さんは「介護者の動作が安定することで、介護される側の安全にもつながる。結果的に双方が楽に移動と介助ができるようになる。」と説明する。

プログラムで取り組んだこと
NEXT産業創造プログラムでは、主に三つの取り組みを進めた。
一つ目は事業のベースとなるブランディングの構築である。タグラインやコンセプト、ブランド名称「HARUEL(ハルエル)」、ロゴマークを決定し、柔軟性・独自性・汎用性を備えた事業展開の軸を確立した。

ブランドロゴ
二つ目は製品開発に向けた試作と検証である。素材の選定や構造の検討を繰り返しながら、快適性や扱いやすさなどを重視し、プロトタイプの開発を進めた。
三つ目はヒアリング調査である。障がいのある人の家族や介護施設のケアスタッフなどに話を聞き、現場の課題やニーズの把握を行った。
事業の方向転換(ピボット)
当初は人向けの介助用具として開発を進めていたが、試作を進める中で大きな課題が見えてきたという。
人向けの介助機器は、安全性の基準や医療・福祉分野の認可など、多くの条件を満たす必要があり、実証実験やユーザーデータの収集にも時間がかかる。その結果、開発期間が長期化し、資金面の負担も大きくなることが分かった。
そこで事業の第一歩として、高齢ペット向け介助機器の開発へと方向転換した。
ペット分野は人向けの介助機器ほど厳しい規制がなく、試作や検証を比較的短期間で進めることができる。また高齢ペット市場は拡大しており、飼い主からのフィードバックを得ながら製品改良を進めることが可能である。
こうした理由から、まずはペット分野で製品開発やブランド認知を進め、その知見を将来的な人向け介助機器の開発につなげていく方針を決めた。
プログラムに参加して良かったこと
足立さんは、プログラムに参加して良かった点として、プロダクトデザイナーの伴走支援を受けたことで、モノの見方や考え方などを学びながらブランディングの構築ができたことを挙げる。この介助用具の技術は介護分野に限らず、「移動」や「運ぶ」という行為に関わるさまざまな分野への応用ができることに気づいたという。
また、大学のプログラムでは、普段の生活では出会うことのない人たちと交流する機会があり、同じ方向を目指して取り組む経験は非常に貴重だったと振り返る。
大学の先生方や多くの方々に支えられたことに対し、「本当に感謝している」と語った。
執筆者:森中公太

