もし、あなたの時給が「243円」だったら、あなたはどう感じますか?
…正直、想像もつかない金額だと思います。ですが、本当にある話なのです。
障がいや疾病のある方に対し就労や生産活動の場を提供する「就労継続支援B型」という制度。そこでの平均時給は243円*。もちろん、B型就労支援を行う施設では、少しでも賃金を上げようと日々努力が重ねられています。しかし、彼らは社会制度の仕組みそのものによって、低賃金を余儀なくされているのが現実です。
※B型の平均工賃は、令和4年度の「時間額」換算で243円でした[出典:厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001220331.pdf]。なお令和5年度は算定方法が変更されているため、時系列比較時はご注意ください。
そこで今回は、あまづキッチンの管理者である織戸和歌菜さんに取材させていただきました。あまづキッチンはB型就労支援を行っている福知山市の飲食店です。就労者としてあまづキッチンで働いている利用者の方のこと、そこに対する織戸さんの想い、そして利用者の方にも直接お話を聞くことかできました。
「あまづキッチン」について
あまづキッチンは就労継続B型の事業所であり、障がいのある方がお仕事をしている飲食店です。20代から60代までの幅広い年代の利用者の方が11人働いていらっしゃいます。事業所はあまづキッチンだけでなく、福知山駅近くの公民館では「森カフェ」というカフェも運営されており、そこでは7名の利用者の方が働いていらっしゃいます。あまづキッチンでは、パスタやピザなどの料理だけでなく、パンやアイスなどの商品を販売されています。店内は木で囲まれた作りで、実際に働いている利用者の方からも「落ち着いた雰囲気でとってもきれい!」という声が上がっています。

B型就労者として実際に働いている利用者さんについて
あまづキッチンには障がいのある利用者の方が働いていらっしゃいます。利用者はそれぞれ得意なこと、不得意なことが違います。そこに対して織戸さんは、利用者の方がスムーズに仕事がしやすいように、伝え方や、業務内容の工夫をされています。
本人の意思があれば変更することもありますが、「苦手なこと、新しいことにチャレンジする」というのも仕事なので、勉強のためにしてもらうこともあると伺いました。「本人の意思を尊重」することと「勉強してもらいたい」という思いの折り合いの中で利用者の方と関わっていらっしゃいます。
価値が正当に評価されていない現状
このように仕事をされている利用者の方に対して、織戸さんは「居てくれないと困る存在」とお話してくださいました。実際に利用者の方が休憩中の際、接客や洗い場などで困る場面が多々あるそうです。また、利用者の方である林さんは「業務の中でチーズケーキを作っている」と話してくださり、その高度な作業内容に驚きました。
また、織戸さんからは利用者の方との関わりの中で「毎日、笑顔になれる出来事がある」と伺いました。利用者の方と一緒に作ったパンやアイスなどがお客さんに喜んでもらうことや、利用者の方のできることが増えて成長する姿がやりがいになっているそうです。実際にできることが増えると、任せる業務も増えます。利用者さんである大江さんからは、「売り上げチェックやレジなどの事務の仕事がしたい」と伺いました。
このように、利用者の方たちは真面目に、向上心を持って働いていらっしゃいます。
このお仕事の価値、本当に「時給243円」でしょうか。
「働く理由」は私たちと変わらない
個別支援計画というものがあり、そこに「望む生活」という項目があるのでその目標を元に業務を設定します。これは人によって様々で、「今を保ちたい」という方もいれば「好きなアイドルのファンクラブに入りたい」という方もいます。
実際に利用者の方の水口さんに、「お仕事を頑張っている理由」を伺いました。すると水口さんは「好きなアイドルがいるからそのために頑張っている」とお答えしてくれました。また、大江さんは、「家族がいるから、そのために頑張りたい」、また、織戸さんからは、利用者の方の中には、テーマパークが好きで、自分で計画を立て、テーマパークに行くことを目的に旅行をされる方もいるというお話もありました。
皆さんが働くのは、「あまづキッチンが好き」というのも理由の一つですが、私たちと同じように家族や、自分の好きなものの為にお仕事を頑張っていらっしゃるのです。また、私と同じ年代の利用者の方である曾根さんは「ゲームが好き」「YouTubeを見るのが好き」と話してくれました。私たちの違いは「障がいの有無」だけで、他は何も変わらないというのを私は感じました。

職員の方が抱える課題
課題を抱えているのは利用者の方だけではありません。利用者の方を支え、一緒に働く職員の方も人材不足やお給料の面で課題を抱えています。
お給料の面では財源が決まられた枠組みの中であることなどから、制度的にどうしても初任給で低めに設定されてしまいます。そのため、辞めてしまったり、福祉の現場で派遣の方が入ってきたりと入れ替わりも激しいのが現状です。
また、成果が直接利益として給料に繋がるわけではないという現状に対して、「どうすればみんなが頑張れる職場を作れるか」という課題もあります。利用者の方のお給料を上げるために頑張ることが求められる一方、「頑張っても頑張らなくても自分のもらえる給料は同じ」という矛盾が現場にはあるのです。
織戸さんからは、
国際的にも低い障害福祉予算の水準にある日本。そのため国などが施設に対して支払う報酬も全体的に低いままとなっており、福祉業界は、厳しい条件下での労働でありながら、一般労働者の平均給与額より安くなっていること(障害福祉職員の給与、全産業平均との格差は月7.8万円)が影響し、福祉を学んできた学生でも福祉分野への就職を選ばなかったり、入職後に将来の人生設計を考えて辞めてしまったり、福祉の現場で派遣の方が入ってきたりと入れ替わりも激しいのが現状です。
また、現在の就労継続支援B型の報酬体系は「お金を稼げること」を重視しており、高い工賃を支払っている施設は報酬が増え、低い工賃の場合は報酬が減るような制度が導入されていて、生産性の低い人が排除されていく、障害者一人ひとりの個性やペースが軽視される懸念があります。
わたしたちは、障害のある人が「働く」ということは、成果だけでなく、努力や成長していく過程も大切にし、社会や地域のなかで安心して生活できるようにしていくこと、日中の働く場面以外にも、利用者の暮らしにおける課題への支援なども行い、一人ひとりが自分らしく働いてもらえればと思っています。 と話されていました。
みんなに愛される場所
しかし、そんな中でも施設は「沢山のお客さんに来てほしい」という前向きな思いを持って運営されています。織戸さんや利用者の方からも実際にまちの人やみんなに愛される場所でありたいという話を聞きました。
「B型就労」のことを知らなくても実際に行くことで知るきっかけになり、商品を買うことがあまづキッチンで働く方の幸せに繋がります。あまづキッチンはまず第一に、働いてるみなさんにとって愛されている場所であるように感じました。

編集後記
私はこの取材を通して、利用者の方のお仕事に対して「見合った対価を支払うことが出来ない社会の現状」に対して違和感を抱きました。これを読んだ皆さんにも、現状を知ってもらい、そこについて何か考えるためのきっかけになると嬉しいです。また、職員さんも同じように、現状と実現したいことのギャップや矛盾が課題としてあることが分かりました。しかし、沢山の課題がある中で皆さんの話を聞くと心からあまづキッチンのことが好きで、居場所であると感じていらっしゃるように感じました。ぜひ一度、あまづキッチンに足を運んで、素敵な空間・接客・お料理を楽しんでみてはいかがでしょうか。
〈執筆者〉福知山公立大学 地域経営学部 地域経営学科 2年 角田 陽菜