突然ですが、あなたは「福祉」と聞くとどんなことを想像しますか?きっと、高齢者の方や障害のある方のお世話をしていて、「とても負担の大きい仕事」のような少し暗いイメージを持っているのではないでしょうか。私もそうでした。しかし、実際現場で働く方のお話を聞くと、大変な側面だけではなく、福祉は「人との繋がりが幸せを生む」、そんな素敵な一面を持っていることが分かりました。皆さんにもこの記事で、福祉に対して少しでも素敵で、キラキラした一面を知って貰えたらなと思います。
さて、今回は社会福祉法人空心福祉会にれの木園施設長の荻野直也さんから高齢者福祉施設でのお話を伺いました。人と人が繋がるお仕事の中で、どこに苦労を感じ、どこに幸せや楽しさを感じるのか。荻野さん自身の体験も踏まえ、福祉の現場のリアルについて詳しくお話していただきました。
「高齢者福祉施設」では何をするの?
学生記者:では早速、仕事内容について伺いたいです。
荻野さん:はい。高齢者の方に対する、ご飯、トイレ誘導などの手伝いをする仕事です。また、高齢者の方の為に切り絵や脳トレのイベントのような、日々楽しい事の企画もしています。
学生記者:ありがとうございます。施設の高齢者の方達は、日常生活の中でそれぞれ異なった要望をお持ちだと思いますが、そこにはどのようにアプローチされていますか?
荻野さん:そうですね。要望は人によって異なります。一方でずっと居る施設の従業員というのは人手不足なんです。なので、高齢者の方の似たような要望というのをまとめて対応するように工夫しています。
学生記者:なるほど、少しでも叶えてあげる、ということですね。しかし完璧に叶わないと不満が出るという事は無いのですか?
荻野さん:ありますね。それはなるべく皆の要望を外さないこと、また誰か一人ターゲットを決めて、その人には刺さるようにしていますね。
学生記者:誰かに焦点を当てつつ皆の要望も叶えるということですね。ありがとうございます。今のお話も少し苦労する部分にはなると思うのですが、お仕事の中で苦労する事は他にありますか?
荻野さん:成果が目に見えにくいところですね。今の僕達は年齢的に失敗も成功も全て成長に繋がりますよね。しかし高齢者の方はそうはいかないです。せっかく歩けるようになっても、老化で歩けなくなることもあります。多少回復する場合もあるのですが、大体は悪化してしまうものです。そこですごく悩んだ時期がありましたね。
学生記者:確かに、老化は抗うことのできない問題ですよね。そこはどう乗り越えたのですか?
荻野さん:結果ではなく、その人の事をどれだけ考えられたかという過程を重視するようになりました。確かに老化など抗えないものもありますが、今自分には何が出来るかを考えるようにしていて、そこにやりがいを感じています。
出会いと学びにあふれる、福祉の「やりがい」
学生記者:先程、「やりがい」という言葉があがりましたが、お仕事の中でどのような時にやりがいを感じるのかを詳しく伺いたいです。
荻野さん:この仕事のやりがいは3つあります。1つ目は飽きが無いことです。僕はこの仕事を二十数年やっていますが、未だにどうしたらいいか分からないことに直面することがありますね。毎日勉強になります。
学生記者:なるほど。個々に要望が違うという話が先程ありましたが、だからこそやりがいがあるのですね。2つ目はなんですか?
荻野さん:2つ目は知り合いが増えることです。施設に入る高齢者の方本人だけではなく、その家族とも知り合うことができます。近所のスーパーなんかで偶然会うと声をかけられることもよくあるので、娘は僕のことを有名人だと思っているんです(笑)。
学生記者:有名人。良いですね(笑)。そのような人との繋がりというのは荻野さん自身が自ら作りに行っているのですか?それとも自然と人の輪ができているのですか?
荻野さん:これは自分で広げようと思って広げていますね。僕の仕事は人と人を繋ぐ仕事なので浅く広くで良いと思うんです。子どもが遊んでいたら声をかけて一緒に遊んだり、イベントには必ず参加してみたり、自分で面白そうだと思うことをしに行って、とにかく沢山きっかけを作っています。
学生記者:人と繋がる仕事だからこそ、自分からも繋がりに行ってらっしゃるのですね。ありがとうございます。最後に3つ目を教えてください。
荻野さん:はい。3つ目は日常での学びをすぐに仕事で活かせることです。例えば、僕には美容師の友達がいるのですが、最近その友達と話していた時にドライヤーの冷風を当てると髪が痛みにくいことや、早く髪が乾く方法を教えて貰ったんです。それを実際に職場で高齢者の方に実践してみるとほんとに違いが出たんです。このように、僕は高齢者の方の日常を支えているので些細なことでもすぐに実践できますし、今まで培ってきたことを活かしやすい環境になっています。
仕事の軸は「楽しむこと」
学生記者:さて、話は少し変わりますが、今の荻野さんの昔の出来事と今のお仕事がどう繋がっているのかを伺いたいです。まずは小さい頃好きだったものを教えてください。
荻野さん:小さい頃はゲームなどをして遊ぶのが好きでしたね。すごく普通の男の子でしたよ。僕は16、17歳くらいの頃までとても大人しい子で、同じように数人の大人しい子とずっと一緒に遊んでいました。しかしちょうど20歳の頃、大学で児童心理学を学ぶことで人を楽しませることに興味を持ち、それが今に繋がっています。
学生記者:なるほど。大学に行ったことが今の荻野さんのお仕事に繋がっているのですね。なぜその大学を選んだのですか?
荻野さん:福祉の世界に興味を持ったきっかけは小学校6年生の時にボランティアで高齢者施設に行ったことです。その時に施設の従業員の方が楽しそうなのが印象的で、そこからこういう楽しい仕事がしたいという思いがありました。ですから大学に入る前からちゃんと福祉の世界に入ろうというのは決めていましたね。
学生記者:ありがとうございます。ではなぜ福祉の世界の中でも現在の高齢者施設でのお仕事を選択されたのですか?
荻野さん:僕は大学で児童ボランティアのサークルに入っていました。ですが子どもは僕の言葉や行動などを真似するので、僕自身の影響を与えすぎてしまいます。当時の僕にとってそのことに自信がありませんでした。それよりも高齢者の方と関わって今を楽しむお手伝いをしたいと思ったのです。今となってはとても浅はかな考えではありましたが(笑)。
学生記者: なるほど。少し話は変わるのですが荻野さんがお仕事をする上での譲れない想いや軸はありますか?
荻野さん:「楽しい」はずっと軸にありますね。お金のかからない楽しいことはしようと思って音楽の活動なんかもしていて。僕自身もそうですし、僕の周りの人も、辛いことがあっても笑える瞬間を作ってほしいと感じています。
学生記者:確かにお話の中でも「楽しい」というワードは度々出ていたように思います。そのような考えになったのには何かきっかけがあるのですか?
荻野さん:これといったきっかけは無いのですが、今までのことを振り返るとどれも「楽しい」が軸になっているように思います。あとは大学の先生に、ポジティブに考えるように教えてもらったことは影響していますね。ポジティブという言葉は英語では「肯定」という意味で、言い換えると「今の自分の現状をしっかり捉える」という意味になります。自分とちゃんと向き合う大切さを知り、向き合っていく中で嫌なことも「楽しい」に変換するように教えてもらいましたね。当時の僕はその考え方を疑っていたところもあったのですが、そういった経験を積んでいく中でだんだんと分かるようになりました。
学生記者:元々荻野さんの軸にあった「楽しい」というものの幅が、大学の先生との出会いによって広がったのですね。
福祉の未来に必要なこと
学生記者:次に、福祉と社会とのかかわりに関する質問です。まず、福祉のイメージについてなのですが、荻野さんは現在のお仕事に就かれる前後で福祉のイメージは変化しましたか?
荻野さん:僕は変わっていないですね。僕が仕事に就いた当時の社会から見た福祉のイメージとして、ビジネスの観点で福祉は成長産業だと言われていました。また、僕は先程お伝えしたように高齢者施設のボランティアに行ったことから楽しいイメージは付いていたので。しかし社会が持つ福祉のイメージはとても変わりましたね。やりたくない仕事、大変な仕事、のようなイメージが付いています。しかしそれは福祉の世界だけではなく、どの仕事にもそのような一面はあると思っています。
学生記者:なるほど。社会がどんどん変わっていってしまったのですね。ではそれに関連して、若者が福祉に興味を持ってもらうために、荻野さんがしたいことや、若者に求めることはありますか?
荻野さん:若者に特化すると、興味持ってもらうためにまずは僕が若者と関わりたいと考えています。皆さんがどのようなものに興味・関心があるのかが気になりますし、僕自身がそのために大学に行ってみたいとも考えています。また、若者に施設に来てもらいたいとも考えています。その点では少しでも興味を持ったら足をはこんでいただくことを期待していますね。僕たちも興味を持ってもらえるようなことを企画しようと思います。
学生記者:まずは若者と福祉の接点を作る、ということですね。ありがとうございます。では最後の質問です。荻野さんがこれから実現してほしいことはありますか。
荻野さん:やっぱり給料の面ですね。どうしても仕事となると給料の高いところで働きたいじゃないですか。今は国に定められた枠組みの中で運営しているため、どう頑張っても給料を上げられないのが現状です。ここをどうにかしてもらわないと若者も集まらないと思うのです。あとそうですね。施設にはいろいろな能力を持った人がいます。保険外サービスと言って、通常ルールではできないような家族に役立つサービスを見つけて提供することも、これから生き残るためにしていきたいですね。
学生記者:ありがとうございます。とても勉強になりました。
編集後記
今回の取材の中で、福祉は私が知らなかっただけで「人との繋がりが幸せを生む」、そんな素敵な世界であるように感じた一方で、給料のお話のように解決されるべき課題があるということも学ぶことができました。高齢者施設での沢山の要望に応える苦労があると伺いましたが、それも「毎日が勉強になる」と言い換え、荻野さんの軸である「楽しい」に変換されているのが印象的でした。また、そのような自分の人生の軸となるような考え方に、私と同じ大学生の頃に出会っていることに驚き、私も大学生である今の時間を活用して、沢山の人と繋がることで軸になるような考え方と出会いたいと感じました。
〈執筆者〉福知山公立大学 地域経営学部 地域経営学科 2年 角田 陽菜

